タナトフォビア(死恐怖症)でワアアアアアア!!!ってなってしまったときの対処法

      
タナトフォビア(死恐怖症)でワアアアアアア!!!ってなってしまったときの対処法

 

だれしも一度はあると思うのです・・・。

「死ぬのが怖くて考えだしたら頭から離れない!!」という状況が。

子供時代にはそういうことがあったけど、今は気にしていない人がほとんどのようです。

大人になってからこの思考に取りつかれてしまった場合、深く考えないよう思考を断ち切って寝てしまったり、違うことを考えたりして打ち消すように対処している人がほとんどだと思います。

けどそれもうまくいかない時ってあるんですよね・・

 

克服のために対処(応急処置)できるようになる

 

 

「タナトフォビアの克服」を目指してはいますが、今回は「対処法」です。

根本的な克服がもちろん一番大事です。

でもまずは「またいつ死について思い出してしまうか・・」というのを心の底で常に恐怖している状態、というのが心身に悪いです。

 

「自分がいつか死ぬこと」を怖がっていたはずが「自分がいつか死ぬことを日常でふと思い出してしまうこと自体」を怖いと感じてしまうようになると、状況がいつまでも変わりません。

しかし恐怖症というのは、その対象だけでなく症状に陥ること自体一度経験してしまうと、とても恐ろしいことですよね。

なので考えること自体が怖いというのは、別に変なことではないはずです。

 

ですがタナトフォビアの場合、今後決して避けることのできない「死」が恐怖の対象です。

 

 

高いとこ怖いからのぼるのやめとく、とか

狭いとこ怖いから天井高めの物件探す、という要領で

死ぬの怖いから死ぬのやめとく、ということは絶対できないのです。

 

OSUも自分で書いてて怖くなってきましたが、「死の恐怖」以外のくっついてきたもの(怖がること自体)まで恐れていてはタナトフォビア克服は遠のくばかりでしょう。

 

 

自分の思考をきちんとコントロールして、考えたくないときは気持ちよく断ち切る。

死について考えるときは、思ってしまった時ではなくて自分主導で。

 

考えたいと思った時に考える。その時は思いっきり怖がる。

そんな都合良いことできるのかよ・・とお思いでしょう。

 

 

 

自己流ですが、20年来のタナトフォビアであるOSUが

克服(根本的な)を目指すための対処法(その場しのぎ)」を紹介していきます!

ひとまずどこかで食い止まるように、頑張ってお伝えします!

 

 

 

 

死ぬのが怖くなるのはいつ?

 

タナトフォビアでワアアアアアア!!となるとき、具体的に周りはどういう状態であることが多いですか?

 

「こわくなっちゃった!」とパニックになる気持ちを少しだけ抑えて、あるいは後からでも考えてみてください。

いくつか挙げていくと必ず共通点があるはずなのです。

 

例えばOSUの例だと

  • 寝る直前の気持ちいい感じの時
  • 遊んだ帰りの電車の中
  • 漫画や連ドラなど続きがあるものを見てるとき

他にも細かいシチュエーションはありますが、大きく分けるとOSUはこんな感じです。

 

死ぬのが怖いと「いつ思うか」は個人の感性の問題です。

改めて聞いてみると、実は人それぞれいろんなときにタナトフォビアを起こしています。

ちなみにどんな状態でも、対処法にとっては問題ないです。

 

 

たとえば宇宙とか、でかい山とか大きなものを見たときに死の恐怖を感じる人もいます。

でもOSUはそれらのものを見ると逆に諦めがつくというか、アーしょうがないのかなーと思ったりします。

ほんとにそれぞれですね。

 

 

それでは次に、その「引き金」となった状況に共通点を探してみましょう。

 

OSUの例で進めていきますが基本的に考え方は一緒です。

 

OSUの場合

  • 眠りに落ちる直前
  • 遊んだ帰りの電車の中
  • 漫画や連ドラなど続きがあるものを見てるとき

これってつまりどういうときなんでしょう?

探偵気分で共通点を探していきます。

 

 

全て一人(個人の頭の中)の時に起きています。

人と会った後に急に一人になった時、賑やか出会った時との対比で、自分の意識を強く感じすぎてしまい、そこからいつかこの意識を手放さなければならない、という恐怖に繋がっています。

 

楽しかった後、面白かった後に起きています。

「一日が楽しかった」とか「続きが楽しみ」と思うと同時に、このワクワクは永久に続くことではなく、いつか死と共に手放さなければならない、という思考になってしまい恐怖に繋がります。

 

 

これはOSUの場合ですが、とにかく「なんでその時死ぬのが怖くなってしまったのか」という「きっかけ」を導き出してみてください。

ちなみにこれは絶対に夜やらない方がいいです・・・。

 

 

怖くなっちゃった時と、逆のことをしてみる

 

タナトフォビアになってしまう自分なりの「きっかけ」が見つけられました。

では、今度死の恐怖に襲われた時には、頭がいっぱいになる前に「きっかけ」とは逆のことをしてみましょう。

 

そんな臭いものにフタをして・・と思うかもしれませんが、臭いのなら普通にフタをした方がいいです。

最終的に自分で片付けるんだから、それまでは自分の鼻の為にフタをしておけばいいでしょう。

 

 

 

「人に対しているとき」と比較した「一人の時」の自分の「濃さ」が恐怖に繋がってる

 ↓↓

誰かに連絡を取ることで自分を「薄める」

(どうでもいい業務連絡でもしてみる)

 

楽しいことが「終わった後」これが永遠に繰り返すわけではないことを意識してしまい嘆いてしまう

↓↓

とりあえず「次の」楽しいことの予定を立てる

(『楽しいことが終わった後』という時間を短くするために次の楽しいことをぶち込む)

 

 

たとえば、暗い所にいると考えてしまうのなら明るい所に移動するとかですね。

がむしゃらに頭から消そうとしたり、やみくもに気を紛らわすのではなく、原因と真反対の違うことをしてみましょう。

 

原因がわかっていないと真反対のことは出来ないので、先の分析がとても大切です。

そしてさらに、先の分析こそが「自分の恐怖の根底を知ること」タナトフォビア克服に繋がります。

 

 

この時、真反対の対象に感謝してみるとより効果的です。

OSUの場合は連絡を取れる相手とか、次の楽しい予定そのものにですね。

そんなあらゆるものに感謝できるほどヒッピーな生き方してないという人も多いと思います。

そういう時はとりあえず「ありがてえ」と形だけでも言ってみましょう。

 

自分にだけ聞こえれば十分です。

タナトフォビアの時は「自分が膨張している状態」なので、自分を意識的に小さくしましょう。

 

 

 

 

周りで生きてる人間を見てみよう(自分を薄める作業)

まわりの人間を見てみましょう。

自分が膨張している状態、内側に意識が向きすぎている状態はタナトフォビアを増長させます。

窓の外からでもよしコンビニに行ってもよし、文字通り自分以外の生身の人間を視界に入れてみましょう。

 

「この人も必ず死ぬんだよな・・」

 

と思うことでちょっと孤独感が薄らぐこともあります。口に出さなければ平気なのでやってみましょう。

 

なんかの歌みたいですが、ひとりじゃないことを視覚的に再確認する感じです。

人と対面するような気分ではないと思いますが、騙されたと思って一度生身の人間を視界に入れて見てください。

 

 

それでもだめなら最終奥義

 

このくらいやってまだ恐怖感を誤魔化せない・・という場合は結構つらい状態だと思います。

 

こうなったら怖がっている自分を客観的に見てみてください。

 

「あー怖くなっちゃってんなあ・・」とか

「どうすんだこれ明日仕事にならねえぞ」とか

 

最初は遠くから他人を傍観するような感じでよいので、徐々に近くで子供を見守る感じに距離を縮めていきます。

 

 

何と距離を縮めるか?ですが自分の「自動思考」との距離のことです。

 

自動思考とは「楽しい!」「うざい!」「怖い!」

などの意識せずとも頭に直接浮かんでくる思いのことです。

 

タナトフォビアの場合、この無意識に浮かんでくる恐怖を意識して見守ってやることで、発作的なパニックをかなりの確率で防げます。

 

ちょっと最初意味がわからないと思いますが、自分なりでもぜひやってみてください。

 

 

 

恐怖症だからといって、盗られるばかりでは悔しい

実は、つい先に紹介した最後の項目だけは、OSUがタナトフォビア「克服」のために意識していることです。

 

下の記事でも詳しく書いています↓ というかこのブログがそういうブログです。

心が折れない思考法を身につけよう!

 

ごまかしがきかない程の状態であるのなら、克服のために一歩でも前進した方がよいと思ってここでも紹介してみました。

「自動思考を意識する」ということは、自分の味方をしてパニックを回避する防御だけではありません。

無意識に思うことを意識して拾うことで、自分のことを次々発見できます。

 

 

例えばOSUは「永久に続く物は何一つない」ということに自動的に絶望していますが、「自動的に絶望している自分」のことを別の方向から意識して知っています。

 

そして自動思考を見ている客観的な自分には「絶望に丸め込まれるべきではない」という芯があります。

持ってる絶望はそのままに、前向きに生きることも可能なのです。

 

ではその絶望はどうするのか?というと、ただ持っているのも悔しいので絵のコンセプトにしている、という訳なのです。

制作の中で恐れてみたり拒絶してみたり受け入れてみたり、その時々でさまざまに処理して作品にします。

恐怖症によって、ただ希望だけを自動的に取られるのが嫌だからです。

 

 

ちなみにOSUはペインターなのでそうしています。

しかしどんな職種であれ、自動的に持ってしまったマイナスの考え方を客観的に意識して、お仕事や活動へのアイデアに繋げることができると思います。

インプットされてしまった恐怖を、アウトプットするということです。

外に出せる形にするために、タナトフォビア自体に向き合うことで自分を知ることもできます。

 

自動的に恐怖して、ただただ奪われるなんて本当に悔しいことです。なにかにしてやりましょうよ。

そうするうちに死ぬのが怖いという恐怖はそのままに(そのまま!)、恐怖すること自体は怖くなくなってくるはずです。

 

だってその時には恐怖の感情自体が、大切なアイデア源になっているからです。