10年日記、継続3年目のわたしが思うこと

      
10年日記、継続3年目のわたしが思うこと

「10年日記」って聞いたことありますか。

 

たんなる10年分の日記、という意味ではなくて「10年日記」という商品名の日記帳なのですが、

これがですね、数年使っているうちになかなかただの手記と違うぞと気づきはじめた次第で・・・

ちょっと今回はそれについて書きますね。

 

実はこのブログをはじめようと思いついたのも、10年日記を読み返しながらのことでした。

普段垂れ流してしまう考えを、1日1回キュッとまとめるようにすると結構な変化が現れるのです。

わたしが2017年1月26日に始めた「10年日記」は3年目に突入しました。

 

10年日記とは

10年分の日記が一冊の本に収められる日記帳というもので、スケジュール帳ほど豊富ではありませんが、いくつかのメーカーから発売されています。

値段は大体、1200円から3000円くらいでしょうか。

10年持たせることを考慮して、ハードカバーの耐久性を上げてくれている商品なんかもあります。

 

メーカーによって違いがありますが、ほとんどの場合 1月1日であれば10年分の1月1日が見開き1ページで見られる仕様になっています。

想像通り1年目は、「せっかく買ったんだから書かなきゃ」という義務感で日記をつけていくことになります。

しかし2年も続けば日課になってくること、さらに「去年の今日」何があったか、何を考えていたのか・・

昨年の自分を考えを読み直しながら日記を作っていけます。

これが結構楽しい・・というか、生き方がじわじわ変わる!

2年目から一気に楽しくなる10年日記を、ぜひ皆さんにもお勧めしたいのです・・!

 

書きはじめたきっかけ

 

タナトフォビア(死恐怖症)のわたし。(記事が増えるにつれ雑になる説明w)

単純にいえば、日々が過ぎてゆくことそのものが恐ろしくて嫌でした。

かと思えば、毎日死へのカウントダウンをひしひしと感じているわりには、小さなことを面倒くさがったり、いつか実現したいな、と考えつつ2年3年経っている願望があったりする、そんな矛盾した自分も非常に嫌でした。

 

このままでは漠然と人生が過ぎてゆき、自分のことも嫌いになってしまう!!

 

何か、1日の密度を上げるための方法を考えだしたときに、偶然見つけたのが10年日記でした。

 

1日を濃密にするって・・

 

濃密な1日・・?とは・・?

たとえば、子供の頃の1日というのはとても長いものでした。

曜日や時間の感覚がまだしっかりと出来上がっていないという理由もありますが、実際小学生にとっての6年間というのは途方もない時間だったんじゃないかなと思います。

あまりに長い子供時代に「自分は本当にいつか大人になるのだろうか?」という疑問や不安を抱えていたのを覚えています。

そんな心配をよそに、今ではすっかり「大人」と呼ばれる状態にまで成長し、毎週飛ぶような1週間・・というか、「もう午前中終わりかよ?!?!」というような毎日を送っているわけです・・。

 

子供時代の1日が濃密な理由は、ほとんどの経験が「はじめて」だからという一因があります。

大人になると、だいたい勝手がわかってきて日々を「こなす」ようになります。

かといって、人生を濃密にするために、子供の頃のようなスペクタクルな日々を送るのは結構大変です。

大人になってから毎日を初めての経験で埋め尽くして生きるというのは、現実的では・・ないですよね。

・・・

 

なんだか湿っぽくなってしまいましたが! では大人が「こなす」日々には価値がないか?ということにはなりません。

一瞬脱線しますが、輝く子供時代より一層 大人時代も素晴らしいと思わせてくれる動画貼っておきます。

脈略無く貼りますが、わたしこれで泣いたので・・

シュッ

 

 

更に余談なんですが、わたし子供時代の夢しか見ないんです。

いつも夢には学生時代の同級生、先生なんかが出てきて、そこでわたしは大人の頭で会話します。

もう当時のわたしじゃありませんから、子供特有のプライドも変な羞恥心もないわけです。

だから言葉がキツイ同級生とかとも ものすごく自由に話せるんです。

目が覚めて一発目に思うのが「もしかしてやり直したいのかな?」

 

さて、大人が誰からも守られず1日を新鮮で濃いものにするのは結構大変です。

それでは・・いつもの1日を濃く振り返るようにするとどうでしょう。

 

1日をあとから濃くするという、コロッケにソース的な役割が10年日記には隠されているのです。

 

10年日記つけててよかったこと

やはり楽しいのは冒頭に書いたように、去年の今日を振り返れること。

これが・・今では全然覚えてないことを切々と語っていたり、反対に去年の今日の自分と全く同じ精神状態だったりとさまざまで、なかなかドラマがあります。

絶対やるぞ!と書いていた決意もしれっと挫折していたりして、挫折した認識すらない場合、何とも言えない気分になることもあります。

 

あと個人的におすすめの使い方があります。

ストレスがかかる日や、大切な日があらかじめ分かっている場合、Xデーの前日の日記に先回りして、メッセージを書いておく・・という方法です。

過去の自分からの冷静なメッセージにハッとします。

たとえば、受験の合格発表の日の日記に先回りして、「ダメでも切り替えて!止まらず次の方法を探して!」と書いておいたり・・

こういうのって、書くことで不安もまぎれます。「よし、言いたいことは言ったぞ」みたいな。

結果が気になって、やらなければならないことに手がつかない状態の時、すっきりします。

状況は変わっていないのに、不思議なんですが・・さしずめ時間旅行のような感覚です。

 

「10年が1冊」ですから、さらにさかのぼって、○年後の自分へ・・なんてことも毎日の日記のついでにできたりします。

もしこれを普通にやったら手紙ごとなくしてしまいそうですけどね。

ほぼ毎日触る10年日記なら その心配もありません。

自分のことを客観的に見ることができるのが、単なる日記に収まらない「10年日記」の魅力です。

 

書きたくない日の対処法

やはり、気が進まない日があります。

単純に書き忘れてしまって、何日かあいちゃったからもういいや・・という気持ちになることもあります。

わたしの10年日記、結構スカスカです。はじめの頃はがんばってさかのぼって書いたりしていましたが、そうすると全然臨場感がないし、最終的に食べたもののメモみたいになってしまうのでやめました。

そのかわり、久しぶりに書く日はなんでこんなにあいたのかを最新の日に書いておくと、あとから読み返したときにリアルで面白いです。

「それどころじゃなかった」とか、わたしはよく書きます。

書きたくない日は「書きたくない」と書いてみたり。

なにしろ10年続くのですから、取り繕わず気ままに書くことを断然おすすめします。

 

すごく悪口を書いてしまう自分に気付く

10年日記まもなく1周年・・くらいの、たまに読み返すようになった段階で気づいたのですが、このころはものすごく不満を書いていました。

「日記」というものにまだ慣れていなかったので、誰にも見せないイコール毒の部分を吐き出すものだという意識が働いたのだと思います。

でも読み返したときに なんにも美味しくないというか、なんの得るものもなく、ただ自分の懐の狭さが露呈するだけでとても後味が悪いです。

いかに自分が不要な不平不満を抱えていたかがわかってしまいます。だって書いてありますからね。

すると自然に、読み返したときのために、悪いことでなく良いことを振り返ろうという方向に気持ちが行くようになり、思考が変わってくるのを感じました。

思考の変化から行動の変化へ・・

10年日記を始めるときに、10年後の自分を想像しました。

惰性で生きていると恐ろしいことになるな・・と、ぞっとしました。

先ほど、不満ばかり書いていても なんにもいいことがないと書きました。

しかし、希望だけを垂れ流している場合、それも露呈してしまうのです。

10年日記、逃げ場ナシ!

 

「10年後はこんなんなってたいな~」と書いたところで、そのために今日なにをしたのか書けない・・つまり、なんにもしてない・・。

これを突きつけられるとかなり痛いです。

思った以上に自分のあたまがお花畑であることを知らされます・・。

 

不平不満については、口を閉じればいいだけ、考えを改めればいいだけ、なのです。

大きな目標については、毎日少しでも近づく努力をして、何かしらのアクションを起こさなければ・・という気持ちになりました。

こんな小さいこと、どうせやっても無駄だよね・・と折れそうになることもあるのですが、そんな時は10年日記を最初から最後までバァーーーーっとめくってみます。

すっげー量w

10年間の毎日は、すっげー量なのです。

 

1日で大きな目標を成し遂げることはできません。

壮大なチリツモ・・

さまざまな方向から現実を突きつけられる10年日記、とりあえず試してみてはどうでしょう。