死ぬのが怖い理由はなんですか?

      
死ぬのが怖い理由はなんですか?

『タナトフォビア』とは、死の恐怖を訴える人のことを指して1950年代にフロイトが生み出した言葉です。日本語では『死恐怖症』という意味で、「死ぬのが怖い」と思いつめてしまう状態を言います。

決して避けることのできない『死』への恐怖心と、どのように向き合えばいいのか。たとえタナトフォビアでない人にとっても、生きていく上で重要なテーマではないでしょうか。

『死ぬのが怖い』を直視したことがある?

死ぬのが怖くないという人は、実は一定数います。わたしは最初、強がっているだけだと思い込んでいたのですが、本当に「いつでもOKだぜ!」と思っている人もいるようなのです。タナトフォビアであるわたしはそれを聞いて、全く羨ましいとは思いません。だってそれは「ちゃんと考えきってないから」で「実際死にそうになったら怖いと思うに決まってる」と思ってしまうからです。

『いつか来る死のことを考える』ことと『目の前に迫る死について考える』ことは大きな隔たりがあります。タナトフォビアの人にとって『死』は『目の前にあるように感じるもの』です。たとえばまだまだ若く、死ぬような病気にかかるような年齢ではない人も、もしタナトフォビアであれば明日死ぬような気持ちで死について思い悩んでしまいます。

「死ぬのが怖い」という話をすると「繊細なんだね」「怖がりなんだね」というような反応が多く返ってきます。しかし、実際蓋を開けてみると、心が弱くてタナトフォビアになっているのではなく『とても近くに死を見ることができてしまう』という感受性や思考の特徴によるものが大きいような気がしています。そこで「まだまだ先の話」と考えることをやめられれば被害は最小限で済みますが、そうはいかない・・という状態です。

死ぬのが怖いと思うのはいつ?

どんな人でも一度は「死ぬの怖いなあ」と思ったことがあるでしょう。そこから妄想が膨らむか否かが、タナトフォビアとそうでない人の違いだと思っています。みんなはじまりは一緒だと思うんですよ。

子供のころ突然気づくパターン

誰かのおじいちゃんが死んだ、おばあちゃんが死んだ。セミが死んだ。豚肉は死んだ豚。生きていれば、子供であろうと『死』にソフトタッチする機会は豊富にあります。子供のうちは「生き物はみんな死ぬ」といつの間にか知りながらも、死は珍しい現象だと思っています。ところが、何かの拍子に自分も例外なく『生き物』だと気づく瞬間があります。
お母さんに「自分もいつか死んじゃうの?」と聞いたことがある人も結構いるのではないでしょうか。ちなみにわたしは、この幼少の時の気づきがうまく消えずにタナトフォビアになりました。

実際に死にそうになって気づくパターン

大病した人に久々に会って「なんか雰囲気違うな」と思ったことはないでしょうか。わたしは何人かそういう人に出くわしたことがあります。みんななんていうか『いい人』になっている・・。憑き物が落ちたというと語弊がありますが。前よりさっぱりしていたり、妙に優しくなっていたりする傾向にあります。
聞いてみると、言葉はそれぞれですが『死にかけることで結末が見えた』みたいなことを口々に言います。「全部終わる」「これからどうなる?」という『わからない恐怖』のなかで、今までの人生を振り返るのだとか。これって想像だけでは味わえない心境ですよね。
目の前に迫る死と向き合う経験は、人柄も変える威力があるんだな・・と思うくらいが元気者の限界です。

そもそも死ぬのは怖くて当然

死ぬのが怖い、と思いつめているときに同時に襲ってくるのは『孤独感』。SNSが普及して、タナトフォビアの人はたくさんいることがわかっても、別に死んだあと、その人達と2次会ができるわけではありません。いくらタナトフォビアの母数が多くても『実際に死ぬ時はひとり』です。みんなが怖がっているからといって、自分の恐怖が軽減されるわけではありません。
けど『死ぬのは普通怖い』ということは、心の片隅に置いておく必要があります。これは、死が怖いと思いつめている状態そのものの不安感を軽減してくれます。たとえば「死ぬのが怖くて仕事が手につかないなんて自分だけなんじゃないか」という疎外感も、みんな大なり小なり怖いとは思っていると覚えておくことで少し楽になることがあります。
他人なんてどうでもいい、という人は新宿駅でハトを捕まえようとしてみてください。ハトは全力で逃げます。捕まって死にたくないからです。それは普通なんです。

『死』の何が怖い?

全ての生き物が経験することが100%決まっている『死』。絶対に経験するのに、生きている間はみんな全力で避けます。当たり前のことではありますが、考えてみると不思議ですよね。『死』を紐解いてみて、何が怖いと感じる原因なのか考えてみます。

死に至る身体の痛みが怖い?

人間以外の動物に関しては『死ぬレベルの痛みを避ける』ために逃げたりしているのかな、と思います。前述したハトとか。動物が死をどのように認識しているかは、残念ながら人間には知りようのないことです。では、人が怖いと思う死の正体は?肉体的な痛みはもちろん嫌ですが、現在では緩和ケアもあります。「無痛ならいっか!」と思える人もいるでしょう。しかし、そうは思えない人からすると『死の恐怖=精神的な恐怖』であり、死んだらどうなるのかわからなくて怖い。未知への恐怖の要素が強いのではないでしょうか。

『わからないもの』への恐怖

『わからないことが怖い』となると、わかるようにならなければ、永遠に怖いと思ってしまう人もいるかもしれません。たとえば宗教は、死後の姿や生き方を示してくれるので、わからないことが怖い人にとって緩和ケア的な役割を果たしてきました。しかし、宗教は信じられなくなったら、また元の不安な日々に逆戻り。宗教に限らず、自分の外に拠り所を作ってしまうと、それをなんらかの理由で失ったり、信用できなくなった時に大きな反動を食らうことになりかねません。
わからないという状態を、まずはそのまま受け入れること。難しく感じますが、なんだかんだこれが一番着実な一歩であると思います。「わからなきゃ、わからなきゃ」という焦りを捨てることで、恐怖を客観的に見つめられるようになってきます。