「死ぬのが怖い」を抱え込んではいけない!タナトフォビアのお得な吐き出し方

      
「死ぬのが怖い」を抱え込んではいけない!タナトフォビアのお得な吐き出し方

 

「死ぬのが怖い」は、抱え込んではいけない!

かといって、叫んでまわるのもヤバい!

 

タナトフォビアを乗り越えようとするのであれば、まずは発作的にやってくる恐怖に対処できるようになることが必要です。

これは、タナトフォビア(死恐怖症)以外の不安症、恐怖症にも当てはまることで、「死ぬのが怖い!」と思う度にパニックになって思考を手放していては、ずっとそれを繰り返すことになってしまいます。

 

「怖い!!」となった時に、底なしに思考に落ちていくのではなく、

その時の自分の感情に向き合うことができるようになること

そして恐怖に陥っている状態の自分を、心の中でいったん納得させてあげること

 

これをひとまず「対処」と呼べるとOSUは考えています。

そしてその都度「対処」をしていくことで、次第にタナトフォビアそのものに向き合って「克服」していくための冷静さを身に着けていくことができるのでは、と今までの経験から考えています。

さらに、どうせ対処するなら自分にとってポジティブに対処しようぜ!ということで今回は書いていきます(^^)

 

 

発作的な恐怖に襲われた時、どのように振る舞っていますか?

 

まずは日頃のことを思い出してみましょう。

眠りに落ちるとき、気持ちよく目が覚めた時、不意に一人の時間、「死ぬのが怖い」という感情はいつも唐突にやってきます。

一度考えてしまうと、頭から消すのはとても難しい。かといって、よく考えた人から順番に抜けられるゲームでもありません。

 

もし同じタナトフォビアの恐怖をくらったとしても、人によってそれをどのように処理するかはその人の価値観や性格でかなり違いが出ます。

  1. 自分の心の中だけでとどめて解決しようとする人
  2. 家族や友人など信頼できる人を選んで打ち明ける人
  3. 誰かれ構わずぶちまける人(いる?)
  4. 匿名のSNSに自分の心情を吐露する人
  5. 思ってないのに「仕方ない」と唱えて考えないようにする人

 

わたしの場合は1と2、はじめは自分の中だけに留めていました。

なんとなく人に言ってはいけないような気がしたのです。

生き物は必ず死にます。

それを受け入れられないというのは酷くワガママなことで、皆納得した上で生活しているのだと思いました。

 

泣き言というよりは、自分より老い先短い人たちはどう考えているのだろう、と思って母に「死ぬのが怖くない?」と尋ねたり、友達と一緒に友達のおばあちゃんに尋ねたりしました。(子供だからできることですね・・!)

母の解答は覚えていて、4のなるべく考えないようにする、でした。

わたしにはこれは無理でした。

 

自分の心に負荷がかかりすぎないように、なおかつ他人に迷惑がかからないように・・

自分の恐怖に自分で対処するのは、簡単なことではありません。

 

 

SNSで打ち明ける、という方法

 

Twitterのような匿名で心情を吐露できるSNSは、一昔前はmixiだったり、もっと前は前略プロフのリアタイ(歳バレる)だったり、流行り廃りはありますがいつでも存在します。

こういうコミュニティで死の恐怖をダイレクトに言葉にして訴えてみると、少なからず同じ悩みを抱える人たちが集まってきてくれます。

たとえ自分の感情を整理するために書きこんだ自分用の内容でも、届くところには届きます。

そして必然的に同じ問題を抱える仲間が増えて、次第に意見交換をしたり励ましあうことができるようになってきます。

これは恐怖を恐怖のままにして抱え込んでいるよりか、よっぽど健康的な方法ではないかと思います。

寂しさや虚しさを全てではないにせよ、埋めることができて不安を分かち合うことができます。

 

これはこれで・・いい、かなりいいと思うのですが・・

 

タナトフォビアというのは、知っての通り自分の死に対する恐怖症です。

人は皆死にますが、一緒には死ねません。究極の個人の問題です。

 

他の恐怖症を持っている人には怒られるかもしれませんが、最も孤独な恐怖症であると思います。

傷の舐め合いだけで根本解決はできません。

対処にはいいと思うのですが、SNSで根治を目指すのは違うかな!思います。

 

 

同志を見つけた時の希望と、心が緩む感覚

 

SNSでマイナスを発信し続けても、タナトフォビアは根治しないと書きました。

しかし、不安や疑問を不特定多数の人間に投げかけて、共感を得られた時は確かに気持ちが安らぎます。

とくに、日常では話題にすることがタブーに近い扱いをされている「死への恐怖」について。

SNSでなら思うままに心の内を明かすことができて、同志を見つけることもできます。

「無駄な傷の舐め合いである」と一蹴できない「心が緩む感覚」を得られることも確かなのです。

これはひとまず今日を乗り切るバイタリティーになり得ますし、こういう心の交流を無駄と解釈する大人にはなりたくないものです。

 

「言葉にしてダイレクトに死の恐怖を訴える」方法以外でタナトフォビアを活力にする方法があります。

次項で書いていきたいと思います!

 

タナトフォビアの不安と恐怖を丸めて丸めて作ったものです(^^)!

 

人生の時間がいつか終わると決まっている、自分の存在が跡形もなく消える日が必ず来ること

このことに誰よりも敏感であるのがタナトフォビアの人の特徴だと思います。

 

「人生の意味とは・・」というようなこちらも話題に挙げたら煙たがられそうな疑問も、タナトフォビアであればいつだって真剣に考えていたりします。

 

そんな思考を不安として留めておいても良い事は起きません・・

タナトフォビアを違う形に昇華(アウトプット)したものを作り出してみるのはどうでしょうか。

 

タナトフォビアである人の生活には、365日24時間、常にタナトフォビアが付きまといます。

なのでそれを逆手にとって自分だけのフィルターに代えてしまうのです。

 

みんないつか死ぬのになんで平気な顔していられるんだ?!

って思ったことありませんか?

本当に「死」について気にならないの?

みんな気にしてるはしてるんです。でもそこまでじゃないと。

じゃあ自分は人と違う、これはひとまず武器にしよう・・!

 

OSUが絵を描いているせいで、作る系ばかり思いつくのですが写真、映像、物語、漫画・・パフォーマンス

クリエイティブなことに特に興味がなければ、動物や植物を保護するエネルギーや、仕事や旅の指針に沿てみるのはどうでしょう。

 

「いつか死ぬんだ」という焦りを自分の仕事や趣味にリンクしてみることです。

今までは「死が怖い」と思いながら、それとは別に日々をこなしていたはずです。

 

同じタナトフォビアといえど、みんないろんな考え方をしていると思います。

その人なりの苦しみ方をして、その人なりの思考が生み出されているのですから、悶々としていては損というものです。

タナトフォビアと自分がいま努力していることを繋げてみると、私の場合は新しいアイディアが沸いてきました。

 

つまり「タナトフォビア」を活動を始めるときの信条にしてしまうことができれば、タナトフォビアであるということはただの障害ではなくなります。

 

 

 

自己満足にはとどまらないメリットもあります。

 

結局、タナトフォビアをサブカル扱いして何か作れってこと?

・・そうじゃないです、近いけど・・そんな言い方しないで・・メリットもありますから・・!

 

タナトフォビアというマイナスの状態を昇華させた、プラスのものを生み出せる。

もしそれが仕事や活動の一環であれば、誰かの為になる。

タナトフォビアであること自体は変わらないが、それによってなにか思いつくのならただの障害ではなくなる。コンプレックスが減り、克服するためのプラスの気持ちが内側から湧いてくる。

タナトフォビア、死、などの言葉には興味なし、あるいは嫌悪感、拒否反応を示す人に対してでもタナトフォビアからアウトプットした「もの」であれば広く受け入れられる。むしろ新鮮なものとして捉えてくれることも多く、こちらも新しい価値観が手に入る。

 

タナトフォビア(死恐怖症)はただの弱点ではなくなります!

 

 

恐れてばかりで悔しくないのか

 

そもそも「タナトフォビア克服」とはどのような状態になれば克服と呼べるのでしょうか?

平気で死ねるということでしょうか?

OSUは平気で生きれることだと思います。

 

そんな風に、克服した未来を思い描いてみると、タナトフォビアをバイタリティーに変えることは、やはり克服の第一歩だと思うのです。


\2019/7/13〜7/15 OSUが原宿にて個展します/

CTA-IMAGE スズキ アユミ 個展「まつげをつまむのさ」
2019年7月13日(土)〜2019年7月15日(月祝)
OPEN 11 : 00〜20 : 00

※最終日は19時頃までの展示です。

デザイン・フェスタ・ギャラリー 原宿
WEST 1-D ( DESIGN FESTA GALLERY WEST 1-D )

〒150-0001 東京都渋谷区神宮前 3-20-18

入場無料

3日間、全日程在廊するので、ぜひ遊びにきてください!
お話ししましょう〜(^^)
DMを持ってご来場の方にプレゼントをご用意しております・・・(^^)!
※なくなり次第終了とさせていただきます・・。

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いつか必ず死ななければならないということに気付いたのは、8歳くらいのことでした。
自分が永遠に消えるかもしれなくて、実際に死んでみるまで意識が消滅するかどうか誰にもわからない。
寝ながら思い詰めていると、口から心臓を吐いてしまいそうになります。

なんとかしなければならないと思いました。
死んでしまうことではなく、死んでしまう自分のことを何とかしなくてはなりません。
生きているあいだに、死んでしまうことについて納得しなければなりません。
わたしは自分を励ますために、怖いや悲しいをできるだけ明るく描き残そうと思いました。
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