日本では毎日100人自殺している-死にたいは死にたくない

      
日本では毎日100人自殺している-死にたいは死にたくない

 

「日本では1日に7人の若者が自殺している」というニュースを見たのです。

 

見たのがいつだったか、そもそも若者は何歳までの定義なのか、いつのデータなのか・・ふと見ただけのニュースだったのでとても曖昧です。

え・・そんなペースで若者いなくなったら日本に若者いなくなるでしょ・・とその時はにわかには信じられませんでした。

 

ところが改めて少し調べてみると、実際日本では1日平均100人が自殺しています

100人です。こんな小さな島国で、毎日100人です。

 

日本はとても自殺が多い国ですが、山ほどの人が「死にたい」と思っていて、毎日100人がそれを実行に移している・・・とんでもないことだと思うのです。

 

高齢者の死因、自殺が占める割合

 

60歳以上の死因の30%弱が自殺であるというデータを見かけ、驚いたことがあります。

日本では、年齢層が高くなるほど自殺率が上がっています。

そんな高齢者の孤独な生活は、たまにメディアに取り上げられていることもありますね。

 

たとえば、生きていけないほどの金銭的な困難に陥ったとしましょう。

この豊かで便利なご時世、なんだかんだ手続きを踏めば行政が何とかしてくれて、さすがに貧困が原因で死ぬようなことは起きないだろうと思うかもしれません。

 

しかし実際に国が金銭的に手を差し伸べてくれるラインというのは、全く融通の利かない状態でがっちりと決まっていて、少しでもそのラインから外れていれば「規則」ということでよほど大騒ぎしない限りは普通に見殺しにされます。

 

「金がないから死ぬしかない」

時代劇のような台詞ですが、貧困が原因で自殺している人は現代でも(現代だからこそ?)山のようにいるのです。

 

たとえば日本では、経営に失敗すると担保にした個人資産まで失うことになるのですが、実はこのシステムは先進国では稀なのだそうです。

これって挑戦しづらい、ましてや失敗できない仕組みですよね。

救済措置のシステムがないため、中小企業の社長さんが経営に失敗し、会社も住む家も失って自殺・・などということが実際に起きてしまうのです。

 

「死ぬしかない」と思わせる「くじける条件」を揃える環境が、日本には整いすぎてしまっています。

 

 

若者がどんどん自殺している

 

八方ふさがりになってしまった大人たちの自殺もやりきれませんが、若年層の死因の1位が自殺であるということを知っておかなければいけません。

 

実は、OSUの中学時代に先輩が自殺してしまったことがありました。

ほとんど名前しか知らないような面識のない先輩で、男性関係のトラブルが原因と周りに聞かされて当時はそういうものだと思ってました。

今思えば、なぜ本人が死を選んだかなんて本当の理由は本人しか知ることはできません。

 

表向きの理由ではない本当の理由を誰かに話すことができるくらいなら、自殺という選択はしなかったと思うのです。

 

 

自殺は突発的に起こるものではないというのは、実際本当のようです。

「自殺の原因」として報告されるものは、単なるきっかけに過ぎないことが圧倒的に多いのです。

 

自殺の根本には、まず本人だけが孤独に抱える継続的な悩みや苦しみがあって、最後の最後に「きっかけ」に背中を押されてしまうのです。

原因をひとつに断定したり、なにかひとつの出来事のせいにしたりできるような単純な問題ではありません。

 

 

自殺に「理由」はあるか

 

日本で年間3万人にもなる自殺者の「自殺の理由」ですが、警察の調べによる一応のランキングでは

1位 うつ病
2位 身体の病気
3位 その他の負債
4位 多重債務
5位 統合失調症

このようになっています。

この順位を見ただけでは、あまり詳細を読み取れませんね。

「自分を殺す」という生き物の本能を無視した行為の原因しては、納得しづらいものがあります。

 

1位のうつ病だけ取ってみても、うつ病そのものが自殺理由ではなく、うつ病になった原因にも自殺理由が含まれてると考えればさらに複雑になってきます。

 

自殺の原因というのは、自殺した本人しか断言できません。

そればかりか本人は既に亡くなってしまっているので、残された人間は自殺者の遺した遺書や生前抱えていた問題から「きっとこれが原因に違いない」と想像するしかありません。

 

 

就活がうまくいかず、その後自殺で亡くなってしまった大学生の話を身近な人から数年前に聞きました。

若い方の自殺は、進路が行き詰ってしまうことを苦にしたものが非常に多いといわれています。

 

  • 一度レールを外れてしまうと、再び平均以上の豊かな生活を手に入れるのが相当困難な社会であること
  • 生活の質が平均以下の人間や、非正規労働者に対して決して優しくない周囲の風当たり
  • 経済的に失敗してしまうと全てを失ってしまうという考え方

 

「もう終わりだ」

と思ってしまうのでしょう。

OSUは今でこそあまり学歴が関係ないことをして楽しく食いつないでいますが、確かに学生時代は希望通りの進路でなければ人生が狂ってしまうのではないかと思っていました。

悲観的ではなく、自然に。

子供にとっては学校こそが世界のすべてです。

 

 

もし正常な心身ならどんな状況であれ「死」は選択肢にのぼらない

 

「なにも死ぬことなかったのに・・」

という言葉はよく耳にしますが、この言葉の真意は自殺者を馬鹿にしているのではありません。

自殺者の抱えていた問題を軽く見ているわけでもなく、第三者の視点からどうしても自然と思ってしまいます。これは悔やみの言葉でしょう。

 

死にたい、という感情は本来は生き物にない感情です。

 

人間にも防衛本能が備わっているので、自分自身を殺すことはかなり難しいように身体ができているのだそうです。

にもかかわらず、本能を無理やり押さえつけて自殺を選ぶ人がとても多いのです。

 

これはどういうことかと言うと、死にたいと本気で思うときには、既に脳がうつ状態に陥ってしまっているということなのだそうです。

 

つまりストレスなどで不健康になってしまった脳に、「死にたい」と思わされているという状態です。

 

自殺をするのは脳が発達した生き物だけです。

自殺をしようと考えること自体がうつによる症状だという見解もあります。

 

本能的に「死」そのものを望む生き物は絶対にいません。

自殺は悪いことか?‐自分を殺すとなにが起きるか‐

「死にたい」と「死にたくない」は、ほぼ一緒

 

ここまでの文章をわたしは本やネットの資料を参考にして書きました。

こんな微妙な情報量の記事に時間をかけて、言葉を選んで書かねばならないのは一応の理由があります。

精神的な問題に対して断言するのは違う、と思っているのもありますが・・。

 

「死にたい」「自殺」という感情が自分に全く無いので、どんな書き方をすればいいかうまく判断できないのです。

それどころか、わたしはいつか必ず死ぬという事実すら恐怖で仕方ないタナトフォビア(死恐怖症)です。

 

 

「いつか必ず死ぬ」のが嫌で苦しんでいる立場からすると、「死にたい」と考えている人というのは正直、無敵のように思えます。

 

非常に不謹慎ですが、個人的には素直にそう思います。

 

日頃からなるべく死なないように気を付けている側からすれば、死んでも構わない状態というのは、なんでもできる状態だと思うからなのです。

 

「死ぬ気になったら何でもできるさ!」

というのは日本屈指の無責任な励まし言葉です。

 

しかし実際人生を終わらせる覚悟がもし「健常な状態の時に」あるのなら、死ぬまでの時間で自分の人生を変えられるでしょう。

 

 

 

1993年の映画「ソナチネ」をご存知ですか?

 

北野武監督の映画ですが、主演も務める彼のセリフを10年以上たった今も覚えています。

 

「あんまり死ぬのを怖がってると、死にたくなっちゃうんだよ」

これがほんとにそうなんですよね。

 

仏教の教えの中にも、生きている限り続く苦しみというのがいくつか挙げられています。

その中に「死の苦しみ」があります。

これが、病の苦しみとは別に書かれていることからも、死に際の苦しみのことというよりは、人の死に苦しんだり自分の死に恐怖することを指しているのだと思っています。

 

 

「死の恐怖から逃れるために、すべて終わりにしたくなる」

ということが、タナトフォビアの人間が調子の悪い時には実際あったりもします。

 

本能から死にたがる人間はいないと先に書きました。

うまく生きたかったのにうまく生きれなかった、だからもう死にたい。

 

それぞれに事情があるとしても、自殺願望を持つ理由は突き詰めればこういうことなのだろうと思います。

 

そしてタナトフォビア(死恐怖症)の「死にたくない」、というのも実は根本的にはうまく生きたいという生への執着からくるものです。

 

この場合の「うまく」というのは人それぞれいろんな価値観がありますが・・

 

自由に生きたいか、賢く生きたいか・・

自分の為に生きたいか、誰かのために生きたいか・・

何か残したいか、何か変えたいか・・

 

自分で決めた生き方に執着するからこそ生まれる感情が「死にたい」「死にたくない」だと思うのです。

「死にたい」と「死にたくない」という真反対の感情の原点が同じだとしたら・・

 

 

死にたいあなたへ

 

生きるということは、自分で選択して決定していくことです。

もし今あなたが「死にたい」と思いながらこの記事を読んでいるようであればですが、

その「死にたい」という気持ちは、熱い決定があったからこその名誉の負傷だと、なんとかして思うことはできないでしょうか。

 

辛い環境から逃げるのも、今の世の中では美徳とされていないようですが、全く悪いことではないと思います。

上からタライが落ちてくるのがわかっているのに、黙って立っている必要はありません。

コントの世界ならタライが頭に落ちて、笑いが起きて一件落着です。

でもあなたの人生はコントじゃないですから、タライに当たりたくなければ避けていいのです。

タライを避けたから周りがしらけるなどと考えなくてもいいのです。

タライを避けることを決めるところまでがあなたの人生で、誰に善し悪しを決められることではありません。

 

 

怖かったら脱兎の如く逃げてもいいのです。

危ないから逃げるということは、いいとか悪いとかではなくて生理的、本能的に普通です。

 

もちろん「このことからは逃げたくない」と思えば、徹底的に戦ってもいいのです。

 

わたしは逃げていても戦っていても、人生はもともと死に向かって一定方向に進んでいることを忘れません。

最後は死ぬと決まっているのだから、それまでのことはもっと勝手に、自分で自由に決めていいはずです。


\2019/7/13〜7/15 OSUが原宿にて個展します/

CTA-IMAGE スズキ アユミ 個展「まつげをつまむのさ」
2019年7月13日(土)〜2019年7月15日(月祝)
OPEN 11 : 00〜20 : 00

※最終日は19時頃までの展示です。

デザイン・フェスタ・ギャラリー 原宿
WEST 1-D ( DESIGN FESTA GALLERY WEST 1-D )

〒150-0001 東京都渋谷区神宮前 3-20-18

入場無料

3日間、全日程在廊するので、ぜひ遊びにきてください!
お話ししましょう〜(^^)
DMを持ってご来場の方にプレゼントをご用意しております・・・(^^)!
※なくなり次第終了とさせていただきます・・。

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いつか必ず死ななければならないということに気付いたのは、8歳くらいのことでした。
自分が永遠に消えるかもしれなくて、実際に死んでみるまで意識が消滅するかどうか誰にもわからない。
寝ながら思い詰めていると、口から心臓を吐いてしまいそうになります。

なんとかしなければならないと思いました。
死んでしまうことではなく、死んでしまう自分のことを何とかしなくてはなりません。
生きているあいだに、死んでしまうことについて納得しなければなりません。
わたしは自分を励ますために、怖いや悲しいをできるだけ明るく描き残そうと思いました。
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